「 あとで読む 」は、なぜ“永遠にあと”になるのか?

こんにちは、阿久梨絵です!
Webを眺めていて、気になる記事や動画に出会ったとき
私たちはよく「 あとで読む「保存する」「ブックマークする」といった操作をします。

Pocket、Instapaper、Twitterの保存機能、ブラウザのブックマーク──
便利な機能がたくさんあるのに、ふと気づくとこうなっていませんか?

保存したけど、結局読んでない
“あとで”が、ずっと来ないまま
気になるはずだったのに、忘れてた

「あとで読む」は、なぜ読まれない?

「あとで読む」は、一時的な安心感を与えてくれます。

今は忙しいけど、あとでちゃんと読むから
これは大事そうだから、忘れないように保存
今は流し見だけど、あとでじっくり

でも実際には、保存したことに満足してしまい、
読むという行動が“先延ばし”され続けることが多いのです。

UXと先延ばし心理の関係

この現象には、いくつかの心理的要因が絡んでいます。

心理要因内容UXへの影響
認知的負荷今読むには集中力が必要「あとで読む」が逃げ道になる
安心の錯覚保存=忘れないという安心感実際には忘れる可能性が高い
優先順位の変化時間が経つと興味が薄れる保存した瞬間がピーク
情報過多保存する量が多すぎる埋もれてしまい、見返さない

つまり、「あとで読む」は、“読む”という行動の代替として機能してしまうのです。

UX設計の問い:保存機能は誰のため?

多くのサービスは「保存」や「あとで読む」機能を提供しています。
でも、それは本当に“読まれる”ことを前提に設計されているのでしょうか?

保存したコンテンツにリマインダーはあるか?
見返しやすいUIになっているか?
保存したことを忘れない仕組みはあるか?

UX設計において、「保存」は行動の先延ばしを助長するだけでなく、
“読まれないこと”を前提にしてしまっている可能性もあるのです。

まとめ

「 あとで読む 」は、便利な機能です。
でもその便利さが、行動の先延ばしと情報の埋没を生んでしまうなら──
それは、UXとして再考すべきポイントかもしれません。

ITは、使いやすさだけでなく、“行動を促す設計”が求められています
「あとで読む」ではなく、「今、読める」ための工夫
それが、使う人の時間と意識を大切にするUXのあり方ではないでしょうか。
阿久梨絵でした!

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